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 傘寿


寝室の本棚の写真立てに
二人の写真がある
京都の「菊水」の庭で撮ったものだ
多分、結納直後の
菊枝さん20歳の写真である。


菊枝さんは前髪を上げている
初めて会った時から
この髪型だった。
だから、これがそもそもの
印象を決めた容(かたち)である。


島崎藤村「若菜集」に収められた
「初恋」の第一連
「まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり」


作者は、前髪を上げた君に
一目惚れした。
若菜集は明治30年(1897)に出た。
日本髪を初めて結った少女の
前髪を歌ったものだ


菊枝さんは、花櫛ではなく頭頂で
リボンを結んでいる。
髪にリボンを飾るのは
一生のうち僅かな時期
若さの象徴である


正雄は
前髪を上げた菊枝さんと
出会って、一生を共に
したいと思った。
切に思った。


それから60年
20+60=80
数字に間違いは無く
なんと、菊枝さんは
80歳になった。


傘寿である。
傘という字は
略して、?とも書く
八十と読めるから傘寿
賀の祝いの歳である。


その歳になる春から
菊枝さんは前髪を上げた
さすがにリボンではなく
ピンで留めたが、そこに
60年前の菊枝さんが居た


「再びあげし前髪の
変わらぬ君に出会ひけり」
とでも言おうか。
写真の君と目の前の君が
一つになった。


流れ去った歳月は
消えて、過去と現実が
ぴたりと重なって
今、二人で生きている
幸せを思うばかり。


21歳と29歳が
結婚して、59年が過ぎ
80歳と88歳になった二人が
ここに居る
その当たり前が嬉しい。


88歳は米寿である。
米という字を分解すれば
八、十、八になるから米寿。
米寿が傘寿の賀を祝う
今年の夏は賀の二乗である。


写真を撮った「菊水」では
トミさんの50回忌で会食した。
庭も見せて貰ったが、
かなり変わっていて
何処で撮ったか分からなかった。


京都ホテルは建て替わって
オークラになり、帝国ホテル正面は
明治村に移ってしまった。
新婚の住まいは367番館になり
京大和は、敷地大半を
外資系ホテルに譲り
僅かに面影を残すばかり。


左阿弥の健在を喜びたいが
我らが知る京都は次第に消えて行く。
大船鉾が復活したが、
全ては変化して、消えて行く。

人も同じだが
菊枝と正雄はあとしばらく
今を維持したい
二人で健やかに

2025.8.25

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