tamate.html あと千回の晩飯
恒例のマッカリーナ滞在北海道旅行から
戻った6月18日に、菊枝さんが
「6人家族」に送ったメールがある。
『来年もマッカリーナ行き誘われたけれど
たぶん行かない。5日間お父さんを一人にしておくのは...
あと何回の晩飯の回数が減るし...』
我が家でしばしば会話に登場する<晩飯の回数>は、
作家山田風太郎の「あと千回の晩飯」に由来する。
老いの周辺を語るこのエッセイは1994年から96年にかけて
朝日新聞に連載され、97年に刊行された。
この題名について、風太郎はこう説明している。
「今、致命的な病気の宣告を受けたわけではないが
いろいろな兆候から余命を漠然とあと千回とした」
千回はざっと3年である。当時風太郎は72歳であった。
連載を終えて「あと千回の晩飯」刊行時が75歳。期間満了である。
糖尿病、前立腺がん、パーキンソン病などを患っていた
風太郎は2001年に没した。行年79歳であった。
漠然と定めた晩飯数は、さらに千回余を加えたことになる。
我が家では、連載当時から、
もう30年余も「あと千回の晩飯」だからと、
プチ贅沢の言い訳もしつつ回数を重ねて
正雄は、いよいよ「あと千回」が現実になりつつある。
3年後の夏は、90歳も後半になっている。
菊枝さんのメール文も
この状況をしっかり見据えたものだろう
だから、菊枝さんは毎食を大切にして
毎日、美味しいものを作ってくれる。
外食でも、家の方が美味しいということがよくある
たとえば、アラスカのカレーライス。
この店の代表的メニューで、評判も良い
確かに悪くはないが、正雄は
菊枝さんのカレーライスの方に
軍配を上げる。
今半のスネ肉をポトフにして
大いに楽しんだあと、コトコト煮込んで
野菜も肉も蕩けそうになったカレー
このカレーに勝る味を他に求めることは
不可能としか言い様がない
祇園祭の前後から、あちこちで
鱧を探してきて、作ってくれる
「落とし」も絶品である
これは、材料の味そのものを味わうのだけれど
酒を加えた茹で方、直後の冷やし方に
菊枝流があるのだろう
若い時分から菊枝さんは、
美味しいものを作ってくれた
インゲンの豚肉巻き
蟹クリームコロッケ
夏野菜のラタトゥイユや精進揚、などなど
大好物になった。
千切り大根や、おから、生節の煮付け、
きんぴらゴボウ、茄子の丸焼き、茄子田楽、などなど
何でも無い「おばんざい」が美味しい。
焼きめし、冷やし中華、きつねうどん、などなど
昼飯も美味しい。
京都を偲ぶ食べ物のいろいろ
みなづき、ちまき、柏餅、でっち羊羹、
やきもち、みたらし団子、生八つ橋、すはま、
五色豆、筍、千枚漬、田中長の味醂漬、などなど
折に触れて求めてきてくれる
その気持ちが嬉しい。
近代俳句の創始者と謳われる正岡子規は
脊椎カリエスで寝たきりの中
明治35年(1902)5月5日から連日
新聞「日本」にエッセイ『病床六尺』を連載した。
死期を悟りつつ活き活きと人や文化を論じた。
その中に、その日食べた物の記載もある。
朝食;牛乳一合、麺麭(パン)すこし
午飯;卯の花鮨、豆腐滓に魚肉をすり混ぜたる
また昼寝す。覚めて懐中汁粉を飲む
晩飯;飯三腕、焼物、芋、茄子、富貴豆、三杯酢漬、飯うまく食ふ。
重症の病人にして食欲旺盛である
9月17日に連載127回目を載せて
9月19日に逝去。行年34歳。
食べることは生きることである。
子規は、大いに食べて病に立ち向かい
最期まで筆を置かずに生き抜いた。
毎日、美味しものが食べられる幸せを
いつも感謝しています。
菊枝さんの料理で、寿命も伸びるでしょう
あと千回が、何回まで伸びるか。
大いに味わって、楽しんで、子規のように
100回余でも伸ばしたいと思います。
とは言え、菊枝さんの人生も大事です
年長の友人との旅は次回が最後かも知れない
悔いが残らないように、様子を見て
交友を大切に、判断してください
正雄は当面大丈夫だと思いますよ。
2024.8.25