君の誕生日


北山クラブの歳下の友人に 西原清一という人がいます。
京大を出て筑波大の教授になり、
定年で京都に戻り
いまは大津に住んでいます。

この人が毎月「ヒノコ小屋便り」という
メールマガジンを送ってくれます。
北山クラブのヒノコ小屋を有志を募って修復し、
立派に運営して、利用の実態他を伝えてくれています。

その最新号「ヒノコ小屋便り」204号に歌の紹介が載っていました。
1945年8月15日以降に生れた
「戦争を知らずに生れた世代」には最適の
稀覯本「青春音楽グラフィティ」の中の

「君の誕生日」
山上路夫作詞 すぎやまこういち作曲で
歌っているのは、坂崎幸之助と大野真澄
伴奏はガロ

「優しくて、寂しくて、哀しくて、懐かしくて、
嬉しくて、暖かくて、忘れられない
そんな時代の歌」だと
西原さんはうっとりしている。

親切にYouTubeのアドレスが付いているので
早速聞いてみましたが、
これまでまったく聞いたことの無い
優しく、哀しい歌でした。

ガロの大野真澄には
「学生街の喫茶店」という
ヒット曲があって
これは聞いたことがあるものの

「君の誕生日」は知らなかった。
戦争を知らずに生れた世代と
戦争を知っている世代の違いが
こんなところに潜んでいたんだなあと

しみじみ思ったことでした。
この歌が、優しいのは当然として
寂しくて、哀しくて、懐かしい
のは何故か。

「君の誕生日を忘れたことはない」が
「もう会うこともない」
そう。二人は何故か別れてしまって
あの頃を懐かしんでいる歌なのです。

別れは、歌の作者にとって
最高のモチーフなんですね。
別れるから詩が生れる
別れには様々なドラマがあるから。

逆に言えば
出会いは詩にならない。
まだ何も生じていないから
謡いようがない。

でも、そうかな。
君と出会って嬉しい、君と出会って楽しい
君と出会って景色が変わった
君と出会って僕は変わった

そういう歌は無いか、探せば有るかな
有ってもいいと思いませんか
前向きの歌、否定ではなく肯定の歌
賛歌という言葉も有るのですから

ということで、
「君の誕生日」は君の誕生日へ
1945年8月25日という誕生日の詩へ
変針しなくてはなりません。

その詩は、探すまでもなくあったのです。
すぐそこに。やはり、あったのです。
前向きの、肯定の
賛歌とは言えないまでも

何気ない日常の繰り返しの中の
それでも生じる起伏、波乱のあれこれを
謡い続けてもう五十五年
なんとまあ、よく続くもんだと

振り返れば思うけれど
二人で出発して、三人に増え、四人になり
とうとう五人になって
それがまた、一人減り、二人減り、三人目も減って

ついには二人に戻って
この日々が何時までも続いて欲しいと
願うこの頃に
何時ものように巡ってきた

君の誕生日
忘れたことの無い、忘れるはずもない
記念の日。今年は七十六回目
へえと思っても、この数字に間違いはない


2021.8.25

tamate2021.html