人生七十古来稀

むかしむかしの中国に
杜甫という詩人がいた
その頃の中国は唐と呼ばれ
日本から遣唐使が遣わされる
文明先進国だった

唐で出世するには
科挙という官吏登用試験に
合格しなくてはならなかったが
杜甫は不合格を繰り返し
ついにあきらめた

なす術もなく
下級役人として暮らし
ただ詩を創ることに
生き甲斐を
見出す男となった

役人としては下っ端でも
詩人としては
めきめき名を挙げ
宮廷に召し出され
李白と並び歴史に名を残した

その杜甫の詩の一節に
「人生七十古来稀」
という言葉がある
七十歳まで生きる人は
滅多にいない という意味

今からざっと
1300年も昔のことだから
当時の文明国と雖も
人間の寿命は
長くなかった

杜甫は
西暦770年没
とされている
多分、58歳で
亡くなったと思われる

七十まで生きる
なんて夢のまた夢
そこまで生きる人は古来稀だから
七十歳を「古希」と呼び
古希の祝いをする

菊枝さんが古希を迎えた
今の日本の女性なら
平均寿命までまだ17年もあるが
まあ、人生の一区切り
お目出度いことだ

ぼくたちが初めて会ったのは
菊枝さんが二十歳と六カ月
プラス数日という時
そりゃまあ
若かったのは当たり前

可愛かったと言った方が
感想としては
しっくりくる
ぼくは二十九歳と二カ月だったから
大人と子供かな

それがどうだ
今ではその差が縮まって
似た者同士に
なっている
とは、思わないかな

一緒に暮らす
ということは
そういうことなんだろうと
思えてくるが
違うかな

杜甫は貧乏で
家族を田舎の親戚に預けていた
時期があって、久しぶりに
家族を見舞う詩がある

老妻寄異県 老妻は異県にあずけしままにて
十口隔風雪 十たりは風雪を隔てたり
誰能久不顧 誰かよく久しく顧みずしてやむべき
庶往共飢渇 願わくは行きて飢えと渇を共にせん

行ってみると
何ということか

入門聞号? 門を入りて聞きしは泣き叫ぶ声
幼児餓巳卒 幼児は餓えてすでにみまかれり

一番小さな男の子は
飢饉で飢え死にしていたのです

それに比べてぼくたちは
子ども三人、孫四人
みんな元気で、仲良しで
われわれも健康で
それぞれに好きなことをして

古希の次は
喜寿 七十七歳
傘寿 八十歳
米寿 八十八歳
卒寿 九十歳
白寿 九十九歳

何処まで行けるか分からないけれど
お互い健康に留意して
末永く一緒に生きて行きましょう

2015.8.25



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