ヌーはアフリカにすむ動物で日本ではウシカモシカと呼ばれています。春、生まれて間もない子どものヌーを交えた群れがエサを求めて動き始めました。
「もう疲れた。遅れてもいい。休みたい」
「バカな子だね。ライオンやハイエナが狙っているのは群れから遅れた母子なんだよ」
まわりには、ヌーを食べる恐ろしい動物がたくさんいるのです。歩けなくなった弱いヌーは、取り残されて食べられてしまいます。群れに遅れない丈夫な子だけが生き延びて行くのです。
茂みに隠れて、群れから遅れ始めた母子をじっと見ているライオンがいました。たてがみがりっぱなオスですが、斜めに走る古傷で片目がふさがれています。
〈まだまだ。もう少し近づくまで待つ。もう少し?、いまだ!〉
ライオンは飛び出し、全力で駆けました。
「あ、ライオン!逃げて!走るのよ」
ヌーの母子は必死に逃げました。
〈ぬっ、遠い、早まったな、逃げられる!〉
ライオンは息を切らせて追いましたが、逃げられてしまいました。
〈おれもダメだな。片方の目で見るから距離がしっかりつかめない。遅くなった走りも続けられなくなった。うう、腹減った〉
もう何日も食べ物にありついていないライオンはごろりと横になりました。ライオンは楽しい夢を見ました。メスライオン4頭と子どもたちに囲まれていた日々、家族が力を併せて狩りをして食べ物に恵まれた頃のこと。突然場面が変わり、大きな若いオスに挑まれ激しく噛みつかれたところで目が覚めました。
ひどい傷を負わされ、家族を奪われ、さびしく野をさまようようになったライオンは、いつの間にか金色のたてがみが暗い色に変わりました。
〈いまのおれには、食べ物は狩るより奪う方が向いている〉
ライオンはハゲワシが舞っているところを探しに出かけました。その下ではチータやハイエナが獲物を食べているか、食べ残しがあるに違いないからです。
〈見つけたぞ〉
ライオンは、倒したシマウマを食べているハイエナの群れに近づきました。年老いたとはいえ姿はまだ堂々としたオスライオンです。一声吠えただけでハイエナの群れは四散して遠巻きにライオンを見守りました。ライオンは悠々と近づき、腹いっぱい食べました。
満腹した身体を数日休め、体力を回復したライオンは、また狩りをしたくなりました。
次の日、草むらに隠れたライオンの目の前をヌーの大群が通って行きます。ライオンはチャンスを待ちました。そして群れから遅れ始めたヌーの母子を見つけました。
〈さあ、今日はうまくやるぞ。もう少し待とう〉
その時、ライオンはとんでもないものを見つけました。なんとハイエナの群れが遠くに現れたのです。
〈これはダメだ。おれの狩りがつぶされる。許さないぞ〉
すぐに、ハイエナに気づいたヌーの母子が駆けだしました。ハイエナの駆ける速度はライオンを上回ります。急速に近づいてきます。
〈お前ら、許さん!〉
ライオンは草むらから猛然と駆けだしました。もう、ライオンが目指すのはヌーではありません。ハイエナの群れです。
〈皆殺しだ〉
ライオンの闘争心に火がつきました。ハイエナの群れはぐんぐん近づきます。ハイエナの先頭を駆けるのはひときわ大きいメスのリーダーです。ライオンはこのメスに飛びかかり前足の一撃で倒しました。
〈やったぞ!〉
いまや、ライオンの全身に気力が満ちわたり、次のハイエナに噛みつきます。ライオンは激しい攻撃を緩めません。リーダーを倒され、襲われ続ける仲間を見て、ハイエナの群れは狩りを忘れて逃げ出しました。
〈どんなもんだ。おれもまだやれるな。ちょっと疲れたが?〉
遠くに目をやったライオンに、ヌーの母子が群れに追いついて行くのが見えました。
〈お前たち、ハイエナに食われなくてよかったな。せっかく生き延びたのだから、その子が大きくなる前に、またおれに出会わないように気をつけろよ〉
ヌーの群れに「親切なライオン」のうわさが広まって行きました。
「追いかけるだけで見逃してくれたとか」
「ハイエナに追われていたら、間に入ってハイエナをやっつけてくれるんだって」
「とてもすてきなたてがみのオスライオンだそうよ」
「それって、もしかするとヌーの守り神かもしれないね」
1