正雄の作品保存館

 

フロントARCHIVES


 
       南沢あじさい山
一万株の紫陽花を植えたという触れ込みに釣られて、あじさい山をおとずれた。成るほど沢山の紫陽花が咲いていたが、山が大きいから全山花盛りとは参らない。これなら八景島のあじさい祭の方が良いなあと思った。

            ’25.7.6
 
      上高地帝国ホテル
久しぶりに二人で宿泊することにして、上高地を訪れた。部屋の窓から眼下に車寄せの屋根が見えたので階下に降りて夕食前に正面玄関を描いた。

           ’25.10.7
 
          マントルピース
上高地帝国ホテルのロビーの暖炉には大きな飾
り煙突が掛かっている。    ’25.10.7
 
                岳沢
河童橋まで散歩に行く途中で、正面に吊り尾根と岳沢が望めた。
新雪が来る前の黄葉が染める沢筋を描いた。

                        ’25.10.8

            桜島

新造のミツイオーシャンフジに乗って鹿児島
に至った。停泊中の船内から桜島を描いた。

           ’25.04.15 
 
          谷戸の大木

小野路里山を歩いて、炭焼小屋も保存している谷戸の奥に入ると、藤の花が盛りであった。そこにあった大木を描いた。

            ’25.04.27
 
            京大ヒュッテ
笹ヶ峰の京大ヒュッテに泊まって、裏の牧場跡から
ヒュッテを描いた。
               ’25.06.01
 
         川奈ホテルロビーの暖炉
クラシックホテルらしい風格の壁炉の大紋章がホテルの
旧さを物語る。           ’25.09.01
 
      ミツイオーシャンフジ
新造のミツイオーシャンフジに乗って航海し
た。プールのあるデッキから後方を見たス
ケッチである。     ’25.4.11
 
       ミツイオーシャンフジ2
プールサイドのオープン・レストラン。余興の
女性ボーカルが歌っていたが、客はまばらで、
いつも空いていた。     ’25.4.12
 
            麗水を去る
横浜を出て、太平洋側から四国を周り、関門海峡を
抜けて韓国の麗水に入港するはずが、波頭で着岸
できずに寄港を諦めた。韓国の山々が遠ざかって
行く。
                  ’25.4.13
 
               開聞岳
戻って、長崎に寄港。指宿に寄る予定が波浪で実現せず
鹿児島に向かった。途中、薩摩半島を回るところで、開聞
岳が出迎えてくれた。西から東へぐるり半周、眺められた。

                      ’25.4.14
 
          犬山城
久しぶりに犬山城を見学した。犬山の街に
は城下町らしい面影が残っている。大手門
の前から伸びる道にある店の一つで食事を
した。    2025.2.7
 
          万平ホテル
軽井沢のクラシックホテルは改装されたが、アル
プス館は旧い様式を残して往時を伝えている。
バーやダイニング、部屋の仕切りや調度に建設時
を偲んだ。    2025.3.8
 
        吾国山から筑波山
いつも南側から望む筑波山を、今回は北側から
描いた。吾国山にはカタクリの大群落があり、ち
ょうど真っ盛りの花盛りを見ることができた。
           2025.3.30
 
            大丸京都店
大丸京都店には大きな暖簾が掛かっている。みずゑ
展には暖簾シリーズを出品しているので、今年は祇園
祭の展示をした京都大丸を60号で描いた。
             2025.5.3

      由布島
西表島から水牛車で渡る由布
島は、ほんの小さな島だが、熱
帯雨林の雰囲気を醸す植生を
持った特異な地である。
          ’24.12.15
 
 
      香貫山から富士
沼津アルプスの北端になる香貫山は富士を間近に観る景勝地である。頂上には若山牧水の大きな歌碑が富士に対していた。       ’24.12.22
          
 
              愛鷹と南ア
伊豆ロープウエイ終点碧テラスから愛鷹山と南アルプスを描いた。愛鷹山の背後には富士が大きいが、裾野以外は雲の中。足下には伊豆の海と低山が広がっていた。         ’25.1.19
 
              岩木山
2025年「山好きの山の絵展」に出品した作品である。
百沢側から描いたもの。画面右奥の白い長平コース
を鰺ヶ沢へ滑り降りた思い出が甦る。 ’25.2.22
 
        石垣島大浜邸
石垣島の旧い建物を集めた公園にある一棟で、堂々たる風格を伝えている。離島のイメージとはかけ離れた高度の文化が営まれていたことを物語る建築物である。
                     2024.12.16
 
         石垣島玉取崎
展望台から前方に伸びる平久保半島が望め
左の伊原間湾と右の珊瑚礁群が一望できた。
三角錐は野底岳282mであろう。八重山列島
の名前の通り石垣島には於茂登山526m、西
表島には古見岳470m、テドウ山442mなどの
山連なっている。     2024.12.16
 
        星野リゾートホテル
西表島のリゾートホテルである。プールもあるがビーチが直ぐそこだから利用価値低いだろ
う。ネイチャーガイドによる森林探索が楽しい。夕方のカクテルタイムがインクルーシブなのも嬉しい。探索後の一時を憩った。     2024.12.14
 
    星野リゾートのビーチ
プールのある中庭を抜けるとビーチである。
大きな岩礁が聳えて、中々の貫禄を醸し出
す素晴らしい雰囲気のビーチである。白砂で
はなくて黄砂であるところが南国である。
               2024.12.15
 
      にっぽん丸から富士
にっぽん丸での青ヶ島クルーズに参加した。上陸はしなくても、青ヶ島はスケッチできると期待していた。横浜大桟橋出港後まもなく、海が荒れているので駿河湾に向かうと放送があった。
翌日一日中、駿河湾を周航した。船室の正面に何度も富士が現れた。  ’24.09.25
 
     にっぽん丸から愛鷹連山
甲板に出ると360度の展望で、伊豆半島から御前崎まで見渡せた。何度も愛鷹連山が現れた。こういう角度から眺めるのは初めてなので、極めて印象深く、喜んでスケッチした。今回の船旅で、思いがけない収穫であった。           ’24.09.25
 
     にっぽん丸から伊豆半島
伊豆半島は、西海岸の松崎、堂ヶ島、土肥戸田の沖を周航したわけだが、このスケッチの地名を正確に示すのは難しい。多分、左のピークは猫越岳、中央が長九郎山で、暗沢山を経て波勝崎の岩峰が見えているのだと思う。       ’24.09.25
           小沼から黒檜山
紅葉の赤城山を訪ねた。ゆっくりするつもりの長七郎山では、周りはガスで何も見えず、小沼へ降りてきたら晴れた。ダケカンバの白と紅葉、黄葉、そして唐桧の緑が織り成す尾根を前景に、少しガスの残る黒檜山を描いた。
           ’24.10.27
 
          二つ亀
佐渡の景勝地である。二匹の亀が居るような面白い小島である。亀らしくないお尻の岩壁を描こうとして一向に実景を描写出来なかった。
                 ’24.06.17
 
       トビシマカンゾウ
佐渡の春日崎で描いた。海岸に一面に咲き競っていた。カンゾウの他にも初夏の花が咲き誇る素晴らしい海岸であった。
               ’24.06.17
 
        宿根木
佐渡の港町として栄えたここは、明治の雰囲気を今に伝えている。  ’24.06.18
 
              
                比叡山
京都西山の善峯寺から描いた。手前が京都の市街である。善峯寺には、樹齢600年といわれる枝の全長左右に54mの天然記念物遊竜松がある。
                    ’24.07.25
       夕陽丘ホテルの夕陽
小豆島の夕陽丘ホテルの客室から夕陽が沈むのをスケッチした。名前の通りに素晴らしい夕陽が望めるホテルで、大谷康子のヴァイオリン演奏を聴く会がロビーで開かれた。琴の名曲「春の海」をピアノ伴奏のヴァイオリンで聴いた。夕陽の照明で春の海を眺めて、至福の小さなコンサートだった。   ’24.03.19
 
萩の江戸屋横町にある江戸時代の医者の屋敷である。良く維持されていて内部も見学できた。旧い文化を保存するには多大の努力と資金が要る。  ’24.06.06      
 
       瀬戸内の眺め
広島グランドプリンスホテルからの眺めであ
る。遙か遠くの島影が宮島だろう。ホテルか
らも宮島行きの船に乗れる。穏やかな内海
の眺めは心を癒やしてくれる。
                  ’24.06.08
 
         佐渡・大野亀
佐渡ヶ島の北端近くにある標高167mの巨岩。
海に頭を突き出している大亀のようだと、この
名が付いたのだろうか。登るのは敬遠して、スケ
ッチだけで満足した。   ’24.06.17
 
        風の吊り橋
丹沢の入り口に当たる秦野戸川公園で描初
め会が開かれた。折悪しく雨天で山は見えず
休憩させて貰ったパークセンターの前の風の
吊り橋を描いた。   ’24.01.20
 
         箕山から両神山
秩父鉄道親鼻駅から登る箕山は頂上一帯
が桜の盛りだった。花の向こうに山々が広
がる。両神の頂稜を描いた。  ’24.04.14

         権兵衛
第40回みずゑ展出品、F60号。’24.05.04 
 
              清課堂

第40回みずゑ展出品、F60号。  ’24.05.04

            八ヶ岳
美ヶ原の王ケ頭ホテルに泊まることになり、予て聞き及んでいた眺望を期待した。幸運にも快晴に恵まれて360度の展望が得られた。
               ’24.01.17
 
         南アルプス
離れた左端は富士である。中間は雨ケ岳と毛無山。立ち上がるのが観音岳と地蔵岳。そして近景に甲斐駒、北岳、間ノ岳。手前に仙丈岳。遠くに塩見岳、東岳、赤石岳と続く。これほどの展望は他では得られまい。         
             ’24.01.17
 
           浅間山
最も近く見えるのが浅間山である。手前が
黒斑山であろう。その手前は高峯山か。間
に佐久盆地を隔てているが、地続きのよう
な眺めであった。      ’24.01.17
 
           残照の中ア
左方に大きく高いピークが木曽駒。極楽平へ
下って檜尾、熊沢と高まり、中央のピークが空
木岳であろう。暮れ泥む夕焼けであったが、翌
日は雨になった。貴重な展望だった。
              ’24.01.17
 
       毛無山と富士
身延山に登り、奥宮の休憩所からスケッチした。中景が毛無山で、その向こうに富士が雲間から姿を見せていた。手前の尾根に身延の登路がある。   ’23.10.17
 
          浅間山
荒船山に登って、艫岩から目の前の浅間山を描いた。絶好の晴れで展望は思いのまま、遠い山々の山名同定も愉しいものであった。
              ’23.10.30
 
       小諸から見える山々
小諸で吟行を行い、俳小屋で句会を終えた
後、布引温泉に泊まった。宿の窓から山岳
大展望が楽しめた。浅間、黒斑、水の塔、篭
の塔、三方、湯ノ丸、烏帽子が描けた。
               ’23.11.02
 
           守門岳
第33回山好きの山の絵展のために、20号で制作した。大白川近辺から見上げた全山。只見線の車両も点景に加えた。
                 ’23.12.05
 
        美の森展望台から
かつての喧噪が去った清里からバスで20分
ほど。僅かな登りで着いた展望台は訪れる
人もなく、静かにスケッチを楽しめたが、生憎
の小雨で山は見えなかった。 ’23.09.09
 
         清泉寮にて
八ヶ岳山麓にはサイクリング道やトレッキ
ング道が整備されていたが、いまはほと
んど利用されていないようだ。静かな小径
を下って、清泉寮でソフトクリームを食べ、
清里に戻った。      ’23.09.09
 
         杓子山
河口湖畔の音楽ホールで開かれた辻井伸行のコンサートを聴きに行って、ネットで見つけたHOSTAYという宿に泊まった。屋上から
昔登った杓子山がよく見えた。中々の貫禄
を懐かしく描いた。    ’23.0919
 
          夏富士
杓子を描く背後には、夏富士が大きく全容を
誇っていた。周囲は裾野が広がるばかりで比較対照物がないから、大きさも広がりも描けず、雪の無い富士はつまらない絵にしかならない。             ’23.09.19
 
         大悲閣から
京都嵐山渡月橋のたもとから保津川右岸を
30分余進むと左へ山道が別れる。階段状に整備された道を上ると、角倉了以所縁の大悲閣に着く。広間から手前の大河内山荘庭園の向こうに、比叡山から大文字山の稜線が見事に展開する。子供の頃から名のみ知っていた名所を訪れて幸いだった。
                    ’23.7.25
 
      長者が岳からの富士
田貫湖畔の休暇村から長者が岳方面へ約1時間登った展望所から描いた。雪のない夏の富士は愛想がないが、それでも富士は富士で絵にはなる。「偉大なる俗物」
と誰かが言っていたなあ。 
                    ’23.8.4
 
       田貫湖からの富士
左の絵を描いた展望所から下ってきて、湖
畔から富士を描こうとしたら、もう雲に隠れて
姿が見えない。山のスケッチは一期一会だ
なあといつも思う。立ったままでも、メモ程度
でも描かないと後悔することになる。
                  ’23.8.4
 
         白糸の滝
名前だけ知っていて、写真でしか見たことの
なかった滝に初めてお目に掛かった。大喜び
でスケッチし始めたら急に雨が降ってきて、傘
の下で大急ぎで描いた。晴れていたらもっと奥
まで進んで、横からもう一枚描けたろうに。
                 ’23.8.3
 
          戦場ヶ原
新緑が萌え始めた戦場ヶ原は、未だ冬の
名残を留めつつ色彩を増しつつあった。雲
が低く、周囲の山は見えなかったが、前衛
の丘が原の領域を明示していた。
                  ’23.5.21
 
         中禅寺湖
旧英国大使館別荘前から描いた。垂れ込
めて背後の山は雲の中だったが、絶景の
雰囲気は味わえた。ここでアーネスト・サト
ウも寛いだのだろうか。   ’23.5.20
 
       祇園祭御旅所
7月17日に八坂神社から渡御した三基の神
輿は、7月24日まで、御旅所に滞在する。そ
の大きさ、風格、何とも見事な神輿である。
                 ’23.7.23
 
        建仁寺望関楼
建仁寺には幾つもの建物があるが、形態からしてこの建物は門と思われる。軒の扁額には望関楼と記されている。不思議な魅力がある。             ’23.7.24
 
     二月堂から大仏殿
二月堂の回廊に立つと正面に大仏殿の大屋根が望める。背後に連なるのは生駒の山なみである。のどかな風景を描いた。    ’23.2.26
 
       興福寺
 東金堂を真ん中にして、南に五重塔、北に中金堂を描いた。再建された中金堂は色彩も鮮やかで存在感抜群である。  ’23.2.28
 
        浅草岳と守門岳
 新潟の弥彦神社に近い角田山の頂上からは
越後平野を隔てて、鳥海山から朝日・飯豊を経
て浅草岳まで残雪の連嶺が望めた。一番近い
浅草・守門を描いた。    ’23.4.9
 
           一の傳
 数年来展覧会出品は暖簾シリーズを続けてい
る。第39回みずゑ展には京都の「一の傳」を出し
た。今回は、みなとみらいの赤レンガ倉庫が会
場で入場者が多かった。    ’23.5.31
 
     日本平から富士
アルパインスケッチクラブの描き初め会で富士を描いた。まず、三保の海浜公園から一点。桜エビの昼食後に日本平から描いた。あいにくの曇天だったが、両所ともに頂上が顔を出していたので、高度感を強調する画になった。  ’23.1.22
 
        湯の丸山
もうシール登高は出来なくなったが山スキーのグループに加わって久しぶりに湯ノ丸を訪れた。山頂を目指す仲間を見送ってから、スケッチした。山頂から滑りたかった。
            ’23.2.4
 
         根子岳と四阿山
湯ノ丸のゲレンデ上部から根子岳と四阿山がよ
く見えた。根子岳は山スキーで何度も登り、滑っ
たものだ。懐かしさが込み上げた。 ’23.2.4
 
          草津白根山
湯ノ丸から草津白根もよく見えた。志賀高原の
横手山から、万座を経て草津への途中で、湯
釜を覗き本白根の下部を通って振り子沢へ、
懐かしい思い出。        ’23.2.5

       北山崎
三陸海岸を旅した。以前に訪れて
水害で見られなかった龍泉洞を見
学した後北山崎の絶壁を展望でき
た。海が荒れて舟から見られなか
ったのが心残り。  ’22.11.27
 
          浄土ヶ浜
三陸鉄道に乗って、久慈の町を見てから浄土ヶ
浜に来た。ここも津波が襲ったというが、何事も
無かったように整備されていた。しかし、食堂の
軒にはここまで水が来たという印が付けられて
いて、その高さに驚いた。
                  ’22.11.28
 
          松葉屋本店
信州小布施の蔵元である。本𠮷乃川のブラ
ンドで知られる。23年度の第39回みずゑ展
のために60号で制作した。尋ねたのは2022
年6月7日であった。その旅の産物である。
               ’22.12.12
 
         愛鷹連峰
2022年の山の会納会で箱根へ行ったお
り、石畳の古道を下って三島へ出た。途
中で山中城跡を見学して、その大きさに
驚いた。その城趾から見た愛鷹連峰で
ある。           ’22.12.11
 
         羊蹄山
麓のマッカリーナというオーベルジュに泊まって、窓から見える羊蹄山を描いた。30年前に小学生だった末娘と一緒に登った思い出が甦った。もはや、あの頂には立てない歳になってしまった。いまはただ画くだけだ。
                ’22.10.13
 
        ニセコアンヌプリ
有島武郎記念館の展望塔から描いた。正面はモイワ、ヒラフや花園のスキー場は右方に展開する斜面だ。毎冬此処で滑った時代があった。その頃から外国人客が増え始めていたが、今はもっと多いと聞く。遠くから来る価値のあるスキー場だ。
               ’22.10.14
 
        八ヶ岳高原ヒュッテ
7月に夕食を摂った元侯爵別荘を、みずゑ秋季展のため10号で制作した。昔、テレビドラマの舞台として使用されたらしいが、絵になる建物である。
              ’22.09.12
 
       3月の乗鞍岳
今年3月にスキーに行ってスケッチをした乗鞍岳を、少し角度を変えて20号で制作した。山好きの山の絵展出品のための作品である。申し込み締め切りが12月20日なので、完成させた。         ’22.12.08
 
       万二郎山頂
スケッチクラブの例会で伊豆へ行
った。万三郎往復の計画だったが、
私は万二郎山頂のスケッチまでで
止めることにした。霧が沸いて遠
景が見えない。三角点を描いて、お
にぎりを食べた。  ’22.06.04
 
        飯綱山
渋温泉から松本へ向かう途中で、
姨捨サービスエリアから飯綱山を
描いた。山スキーで越えた記憶が
あるが、今ではゲレンデスキー場も
閉鎖されたと聞く。 ’22.06.09
 
      赤岳と横岳


久しぶりに八ヶ岳高原ロッジに泊まって
周辺の散歩に出た。美鈴池から赤岳と
横岳を描いた。池の周りは静かで穏や
かな日和だった。

            ’22.07.01
 
      金具屋齊月楼
渋温泉に昭和11年に建てられた不
思議な建物。様々な様式が取り込
まれていて異彩を放っている。
       ’22.06.08

       越後三山
スケッチクラブの春の例会で新潟在住の会員の推薦するポイントを巡った。その最初が、越後三山を正面に見る場所。中ノ岳を中心に八海山が鋭峰に見えるので、駒ヶ岳がやや温和しく見えてしまう。こういう構図は珍しい。
          ’22.05.27
 
 
       八海山
八海山のロープウエイ乗り場から描いたもの。10年余前にやはりスケッチクラブできた折は、稜線まで登って描いた。今回は時間が無いという理由も有ろうが、登るには歳を取り過ぎたというのが、本音だろう。
            ’22.05.28
 
       白馬三山
岩岳頂上から描いたもの。むかし、
子供たちが未だ小さかった頃は、
毎冬ここに在った会員制スキー場
の会員用ロッジに泊まって、大窓
一面に展開する白銀の三山を眺め
つつ朝食を食べた。そのままの眺
めだ。     ’22.05.29
 
         妙高山
戸隠の守宮池から描いたもの。ここ
から見ると、中腹から広がる裾野が
消えて怪異な頭部だけが強調され
る。赤倉から見る妙高が、一番印象
が良いと思う。同じ山なのに、人間
は勝手なものだ。
              ’22.05.28

          乗鞍岳
残雪の乗鞍で山スキーを楽しむ会に誘わ
れて、皆さんとの同行は無理でも、少しはシ
ール登高を楽しめればと参加することにし
た。用具を調べたらブーツにひび割れが。
年貢の納め時の通知と納得して、ゲレンデ
スキーのみの止め、登った皆さんが戻るま
でゆっくりスケッチをした。
               ’22.03.20
 
       甲斐駒と鳳凰三山

 乗鞍岳の帰途、中央線の特急車窓からスケッチした。いつも通るたびに眺める山だが
これほど見事に全容が望めることはまず無い。今回のスキー三行は、まことに天候に恵まれた。このスケッチも余録である。
                ’22.03.21
 
      三頭山々頂にて
剣岳を目指す仲間が、トレーニングのために遠近の山に登っている。それに参加して久しぶりに三頭山に登った。皆さんの速度にはついて行けないから遅れて着いた山頂で、周囲を描いた作品である。   ’22.05.07
 
        黒竜の滝
久しぶりの山の会で、東丹沢の黒竜
の滝を訪れた。     ’22.04.16
 
         蔵王樹氷
今年の蔵王はことのほか積雪が多く、
樹氷が巨大に育っていて見応えがあ
った。コロナ騒ぎで2シーズン滑ってい
なかったから、少し不安もあったが、滑
って見れば何ということもなく楽しく滑れ
た。       ’22.02.14

          熊野岳 
蔵王スキー場パラダイスゲレンデから
熊野岳の頂上が覗いているのを描い
た。快晴に恵まれて、眺望に恵まれた
3日間だった。久しぶりの蔵王を堪能
出来て幸いであった。 ’22.02.15
 
          豊国廟
京都の東山にある豊臣秀吉の墓だが、
阿弥陀峰の名のある岡の上に建ってい
るので訪れる人は少ない。京都に生ま
れ育ったが、今回初めて600段余の石
段を登って訪ねることが出来た。
             ’22.03.07
 
     イノダコーヒ本店
イノダコーヒーの店は京都以内に数カ所あ
るが、本店は町家風の建物でなかなか趣
がある。毎年のみずゑ展には暖簾シリーズ
を出品しているが、今年は50号で描いたこ
の絵を出品する。   ’22.04.11
 
    円通寺から比叡山
洛北の円通寺庭園は、比叡山を
借景にしているのが有名である。
観光案内にもしばしば登場する
眺めを描いた。作庭者の意図通
りに眺められたであろうか。
      ’21.12.11
 
        比叡山
ホテル最上階のレストランから
描いた。ロープウエイの山頂駅
のある四明岳の奥に848mの三角点のある大比叡を描くことが出来た。      ’21.12.10
 
           浅間山
佐久平から眺めた浅間山である。その奥に存在感を際立たせているのは黒斑山である。信越に冬の訪れを告げる初雪が稜線を彩っていた。    ’21.11.03
 
         前穂冠雪
毎年秋に上高地でスケッチする機会が
ある。2021年も10月に実施したが、この
絵は20年10月に大正池から描いたスケ
ッチを元に、20号で制作した第32回山
好きの山の絵展出品作である。
            ’22.02.06
 
     高峰山と篭ノ登山
佐久の平尾山に登った。冬はスキ
ー場になる山で、頂上は見晴良く、
佐久平を眼下に南アも八ヶ岳も一
望できる。近いのは浅間山だが、
敢えて隣りの二山を描いた。
      ’21.11.03
 
     明神峰
徳本峠を目指して黄葉の
中を登った。凍てついた
頂上直下で、振り返って
明神を描いた。
     ’21.10.28
 
       明神と西穂稜線
徳本峠からの下りで、午後の日に照らされ
た明神から西穂の稜線を描いた。谷に新
雪を纏った姿は何とも言えない魅力を湛え
ていた。西穂稜線は未踏だが、もはや挑戦
する体力がない。  ’21.10.28
 
      岳沢から奥穂稜線
河童橋から1時間も登れば、開けた河原に
出る。奥穂稜線が迫力をもって迫る。まだ冠
雪したばかりで、岩稜も覗いている姿を描い
た。手前には黄葉が残っていた。
          ’21.10.29

       ゆり

お盆の仏壇に供える花を家人
が買ってきた。それに蕾が付
いていた。盆供えが終わっても
未だ固い蕾だったので、多分
無理だろうと思いつつ花瓶に
差しておいた。それが開いた。
先に一輪。それが開き切らな
い内に後の一輪が開いた。思
いがけない余禄の喜びだった。
     ’21.08.16 
 
       紫陽花

庭に紫陽花が咲く。もう20年も前に
絵の師匠だった久世愛先生から頂
いた花を挿し木したものだ。白花で
華やぎは無いが、よく育って大きな
茂りをみせている。一輪伐ってきて
描いた。        ’21.07.14
 
       裸婦

モデルさんを呼んで描く勉強会
に出た。今回はクロッキーで、早
描きの練習である。一ポーズ15
分で描く。この短時間だと手や足
の指の表情までは捉えきれない。
未熟を痛感させられる。
         ’21.07.31
 
         金の竜頭

二年続きで山鉾巡行は中止になったが、鉾建てはするというので四条町まで行った。
大船鉾の舳先を飾る竜頭は近年新調された
もので白木だったが、今回金塗装が完了し
て見事な輝きを誇っていた。
                  ’21.07.20
 
     サザンカ

庭にサザンカに木がある。一
番奥なので、花が咲いても気付かないままということがよくある。季節が廻ると律義に咲き散ってゆく。家人もそれに思いを致したとみえて、一輪栽ってきた。白いサザンカを初めてしみじみと見た。
   ’21.03.22
 
      キスゲ

庭にキスゲが咲く。もう40年も前に国鉄ストで品川から有楽町まであるき、途中の日比谷公園で頒布していた花の苗を貰ったものだ。盛んに咲いたが、今は勢いが衰えて数輪しか咲かなくなった。        ’21.06.26
 
      横たわる女

モデルさんを呼んで描く勉強会に出た。
横長の構図を画面に納めるのにいつもながら苦労する。斜めから描く位置にいたので、人体とて遠近が生じる。手前の足は大きく、遠い頭部は小さくなる。難しいものだ。     ’21.06.26
 
     座る女

二枚目は座るポーズ。これは
ずっと描きやすい。とはいえ、
足の指、手の指の表情は極め
て難しい。昔から絵の勉強に
人体を描く意味がよく分かる。
      ’21.06.26
 
       将軍塚から清水山

鴨川畔に建つリッツカールトンの部屋の窓
からは比叡山から清水山まで一望できた。
これは将軍塚から清水山までを描いた右
半分である。知恩院の大屋根が目立ち、
その左が青蓮院。南禅寺は画面左端に埋
没している。八坂神社の屋根は見える。画
面右方の塔は清水寺の赤い三重の塔で
ある。          ’21.03.08
 
        八坂の塔

老舗料亭京大和の広大な敷地にパー
クハイアットが建ったが、周囲の景観に溶け込んで調和している。その向こうに八坂の塔が、夕日に染まり始めた
西山を背景に美しい。 ’21.03.09
 
        DORFにて

宝が池の国際会議場に近い喫茶店DORFは、シックな雰囲気が魅力でいつも満席である。その中庭に大きな木が存在感を見せている。
建物はこの木を中心に設計されたのだろうか。     ’21.03.09
 
         大菩薩峠から

コロナで次々と計画が中止になる中で10名
の参加を得て実施されたスケッチ山行に加
わり、久しぶりに大菩薩峠に登った。幸いに
も好天に恵まれて、富士山から南アルプス
までが眼前に展開した。手前は上日川ダム
である。             ’21.4.23
 
        尾張屋本店

京都の町の真ん中に昔ながらの風情を
残して、時流に流されることなく独自の商
売を続けている店がある。尾張屋本店も
その一つ。蕎麦屋である。内情は知らな
いが、悠々と商いを続ける姿は見事とい
うしかない。    ’20.12.22
 
        大倉記念館

京都・伏見は酒造の町である。たくさ
んの酒蔵があるが、月桂冠のブランド
を持つ大倉酒造は最大手の蔵である。
その旧社屋が、記念館として酒造りを
学び試飲も出来る施設になっている。

         ’20.12.21
 
    六国見山からランドマーク

コロナの自粛で遠出が出来ず、近所を歩
いて、鎌倉の北外れに当たる147mの山
に登った。山頂からは伊豆、相模、武蔵、
下総、上総、安房の六国が見える。横浜
ビル群の中にランドマークタワーが抜きん
でていた。
           ’21.01.20
 
          頼朝像

鎌倉と言えば鎌倉幕府、それを開いた
のが源頼朝だから銅像があっても当然
だが、寿福寺の裏山に当たる源氏山公
園の頼朝像は何やら居心地が悪そうに
感じる。もう、源氏の鎌倉ではなくなって
いるのだろう。
           ’21.01.21
 
      白馬三山から不帰険

スケッチクラブの例会に参加して、岩岳山頂から
描いた。家族で毎冬スキーに来た岩岳は変貌していた。山頂のホテルは跡形もなく、レストランの大窓から眺めた白銀の連嶺だけが往時を思い出させてくれた。スキー場に雪が来るのはまだ先のことだった。    
                ’20.11.03
 
         戸隠山と高妻山

白馬方面は雲の中だったが、戸隠方面は晴れていた。標高の高い山稜だけが雪化粧していた。深田久弥が戸隠表連山ではなく高妻山を百名山に選んだのは、その独立性を評価したからだろう。ボリュームでは到底戸隠に及ばない高妻だが、容姿は遥かに凌駕している。
                 ’20.11.04
 
        杓子山

白馬三山の杓子岳は著名だが、杓子山を知る人は少ない。山梨の都留と忍野の境に位置する1598mの山である。杓子とはガレ場のある山を指すそうで、その名の由来の崩壊地をスケッチできたようだ。   ’20.11.12
 
      大菩薩嶺
山梨のブドウ園から描いた。
左の遠いピークは乾徳山であ
ろう。最後に大菩薩嶺を訪れ
た際は孫が一緒だった。その
子が今年は就活だ。
           ’20.11.12
 
      岳沢から吊尾根

スケッチクラブの30周年記念集会で上
高地を訪れた。快晴に恵まれた秋たけ
なわの景観は言葉を失うばかり。雪を
待つ稜線を描いた。その夜から雨になり
一日降り続いた。
           ’20.10.16
 
      新雪の吊尾根

雨上がりの朝、山は見事に姿を変えて
いた。新雪をまとった穂高の稜線は輝
いていた。麓の黄葉と雪の白との対比
が絵心をそそった。
             ’20.10.18
 
       河童橋から焼岳

焼岳も新雪をまとったが、標高の差は
大きく、真っ白という訳にはいかない。そ
れでも梓川を前景にした姿は描かずに
はいられない魅力があった。
                ’20.10.18
 
      大正池から明神岳

大正池まで足を延ばすと、正面に見える
のは明神岳だ。池の中の立ち枯れの木
は今や全て姿を消したが、岸辺に残る一
本を前景に描いてみた。
              ’20.10.18
 
      入笠山から八ヶ岳

コロナ騒ぎで、スケッチクラブの山行も次々と中止になり、4月以降一度も実施されなかったが、8月になって漸く入笠山行きが実現した。山頂から真正面の八ヶ岳を描いた。
                   
                  ’20.8.26  
 
          尖閣湾の岬

佐渡の尖閣湾の岬である。映画「君の名は」「喜びも
悲しみも幾年月」の舞台になったと、今も語り伝えら
れている名所である。見事な崖は、大陸から日本列
島が分離し、日本海が形成された時期の名残りであ
るらしい。大自然の造形は、人知を超えて壮大なも
のだ。

                                                    ’20.9.20
 
     長谷寺・五智堂
佐渡では、ちょうこくじと読む。下には身代わり地蔵が何百と奉納されていた。         ’20.9.19
 
         背中

モデルのデッサン会に参加した。い
つもは専ら前から描くが、今回は背
後から。後ろ姿も面白い。

          ’20.9.26
 
        稱名寺境内

稱名寺は金沢文庫を創設した北条実時の墓所
がある寺だ。最盛期には相当な規模の大寺だ
ったようだが、今では山門、浄土池、鐘楼、本
堂が美しく配置されて静かである。私が初めて
訪れた頃は境内の一隅にあった金沢文庫は、
隣接して建つ瀟洒な博物館に生まれ変わって
いる。本堂脇から登る金沢山頂の八角堂から
見下ろせば我が家の屋根が眼下に見える。
        ’20..4.28
 
      天園への道
横浜から鎌倉へ山越えする道は、宅地開発
や自動車道建設で破壊されやせ細ってきた
が、現在は釜利谷JC付近の工事に脅かさ
れている。それでも旧い切通を思わせる所
もある良い散歩道である。 ’20.5.29
 
         大仏坂切通し
鎌倉七口の一つ大仏坂切通しは、長谷の大仏
に近い大仏隧道南口付近の入り口から火の見
下にかけて、往時の雰囲気を最もよく残す形で
保存されている。
                  ’20.5.12
 
     夏の装い
デッサン会に参加した。いつもは
裸婦だが・・・   ’20.8.1
 
         旧細菌検査室

横浜検疫所に隣接する旧細菌検査室である。
その昔、野口英世が勤務したという歴史的な
施設で公開されており見学できるが、今のとこ
ろはコロナ騒ぎで閉鎖中。外出自粛で近所の
散歩途中にスケッチした。
            ’20.4.19

        鷹取山山頂で

同じく近所の散歩で、神武寺から鷹取山へ
行った。山頂部の岩山を描いた。追浜へ下
山の途次に大きな摩崖仏を見た。
       ’20.4.25 
 
       名越切通
鎌倉七口のひとつ名越切通は、横
須賀線鎌倉逗子間のトンネルの真
上にある。往時の面影を残している。
       ’20.4.30
 
           謎の洋館
名越切通のすぐ上に、まんだら堂やぐら群があ
る。その背後に大きな洋館が建っている。木立
に遮られて全貌は見えない。取り敢えず東側か
ら見える屋根を描いた。尖塔のある城塞のよう
な堂々たる風格である。    ’20.5.7

       上ノ平から妙高・黒姫

小雪で各地のスキー場が泣いたしーずんだったが、2月の野沢温泉スキー場はたっぷりの雪があり、8日、9日は降り続いてもいた。10日は晴れて上の平のレストランからゆっくりスケッチが出来た。しかし、みょこう頂上にかかる雲は粘ってみても取れなかった。
            ’20.2.10 
 
        毛無山から斑尾山

野沢温泉スキー場の最高地点から望む斑尾山を描いた。風が冷たくてゆっくりできず、さっと描いて退散した。全周に近い展望があり志賀高原の雪山の連なりなど、描きたい風景はあったが、その余裕がなくこのスケッチだけが収穫だった。
          ’20.2.10
 
      御春山からの扇山

新型コロナウイルス騒ぎは始まってはいたが、3月半ばはまだ余裕があった。ハイキングは三密ではないということで、中央線大野貯水池傍の御春山に登った。暖かい日差しを浴びながら目の前の扇山を描いた。打ち上げの飲み会は、まずかったと反省している。  ’20.3.21
 
        丸五みそや

飛騨高山の海老坂にある量り売りの味噌屋である。暖簾の風格が只者ではなく旧い店構えを描いた。春季展出品の予定だったが
コロナの影響で中止になった。   ’20.3
 
         面白山と大東岳

山寺の五大堂からの展望である。左方が面白
山。右方の大きい山が大東岳である。下方は
紅葉だが、稜線には冬が来て見事な景観を展
開していた。二山ともに登頂したことがある。も
う30年も前のことだが、懐かしさが募る。
            ’19.11.30
 
       野辺山から八ヶ岳

2020年は取り分けて降雪の少ない冬であった。各地のスキー場は雪不足で悲鳴を上げたが、八ヶ岳も例外ではなく稜線の雪は貧弱だった。高原ロッジに泊まった翌日、早めに野辺山駅に到着して、日差しを浴びながら
スケッチを楽しんだ。
             ’20.1.20
 
    高原ロッジのロビー

八ヶ岳高原ロッジは何度も泊まった気に入りの宿だが、冬は初めてだった。暖炉に火が燃えて、自然朴を生かした梁の木組みが美しい。
           ’20.1.19
 
       椎の大木

小春日和に恵まれて、曽我丘陵を歩き回った。ふるさと村では注連縄づくりを習い、生まれて初めて縄を綯った。その帰途に地元では名高い椎の大木を見た。見事な風格。
              ’19.12.15

          八ヶ岳連峰

稀に見る快晴に恵まれて八ツ全山が 一望の
もとに展開していた。編笠、権現、手前のスキ
ー場を従えて、すっくと立つ赤岳の彼方に横岳
硫黄岳までが望めた。これほどのスケッチポ
イントはめったになかろう。
       ’19.09.07 
 
     硫黄岳から天狗岳

翌日も好天が続き、天気予報の台風接近が
嘘のようだった。北方へ移動して北八つを描
いた。左方はるかに遠い赤岳から右へ硫黄
岳の爆裂口、夏沢峠から天狗岳が立ち上が
る。何度かに分け、何年にも跨ったが、見え
る山はすべて登った。
                     ’19.09.08
 
         男山

男山は各地にあるが、これは八ヶ岳山麓の男山。標高は1851mと見かけよりは高い。周囲に睨みを利かせるようななかなかの容姿である。しかし、残念ながら私は登っていない。多分、もう登ることはないだろう。
            ’19.09.08
 
         爺が岳と鹿島槍ヶ岳

この二山は尾根続きだが、本当はこんなに近くない。鹿島槍立教山荘からスケッチした日は、雲の行き来が激しくて、当初鹿島槍しか見えなかった。描いているうちに爺が見え
描き足したのだ。
                ’19.10.05
 
         大船鉾巡行

毎年7月24日は京都祇園祭後祭りで山鉾巡
行がある。私が生まれ育った四条町からは
大船鉾が出る。150年ぶりの復興から7年お供を務めたが、今年から役目を息子に譲った。観客として鉾を追いスケッチした。
             ’19.7.24
 
        男山を望む

京都市内の西方、天王山の麓に大山崎山荘美術館がある。大正期に建てられた英国式の個人別荘だったが近年改装されて素敵な美術館になっている。建物調度自体が作品だとも言える。ベランダのカフェでビールを飲みながら、目の前の男山をスケッチした。 ’19.7.25
 
        駒が池から

駒ヶ根市の木曽駒高原にある駒が池畔
から木曽駒方面を望んだが、あいにくの
台風接近で山の稜線は見えなかった。
千畳敷カールまでは歩かずに登れる。
そこから頂上まで2~3時間だ。むかし、
木曽谷の上松から延々と登った日のこと
を思い出す。世の中のことを何も知らな
い学生だった頃。
           ’19.7.27

        駒ヶ岳神社

ロープウエイの終点、カールを望む高台に小
さな祠がある。今日も稜線は見えない。宝剣
岳も見えない。伊那前岳辺りがガスの移動に
連れて見え隠れしている。山が見えていれば
見向きもしなかったろう祠を描く。あとはこの
広いカールをどう描くか思案の末に、とにかく
描いた。山岳スケッチをご覧ください。
        ’19.7.28
 
     燧ヶ岳、駒ヶ岳、三岩山

高杖スキー場最上部からの展望である。燧
会津駒、三岩山のいずれも頂上からスキー
滑降したことがある。燧と駒は二度ある。こ
の絵で滑降ルートを示すことも出来る。燧の
二度目は五年前77歳だった。滑るだけなら
現在でも可能だろうが、今の体力では登り
がもはや叶わぬ。何とも懐かしい爽快体験
の思い出である。実体はないが私の大きな
宝物である。       ’19.2.3
 
   箱根・冠山、神山、駒ヶ岳

箱根外輪山北西部からの展望である。こ
の絵の左側に当たる金時山から明神・明星に続く外輪山北側からは、大涌谷を正面によく眺めるが、この位置からは初めてで、新鮮な眺めだった。ここは芦ノ湖展望公園という。    19.5.4
 
          しら井

能登半島の七尾市は城下町。今でも古い家並みが残り、絵になる旧家の筆頭に挙げられるのが「しら井」で、現在も営業中の昆布商。暖簾を分けて店内に入れば、旧き良き時代が蘇る。
   第36回みずゑ展出品
          ’19.5.21
 
            鳥弥三

江戸時代から続く老舗料亭。竜馬も歳三も出
入りしたとか。京都木屋町沿いに位置し、奥
の部屋は鴨川に面している。白濁したスープ
が独特の鳥の水炊きが逸品。描く前に訪ねて
水炊き鍋を食した。
   第36回みずゑ展出品
   横浜市教育委員会賞受賞  ’19.5.21
 
      高畑スキー場にて
2月1日から3日にかけて南会津へスキーに
行った。連日の降雪だったが雪質は上々で
楽しく大いに滑った。宿の湯の花温泉いせ
やの食事がまことに美味しかった。遠火で
焙ったイワナを頭から尻尾まで食べ尽くし
た。       ’19.2.3
 
       ショパンの生家
ワルシャワ郊外の元は貴族の屋敷だっ
た大きな公園内にある。父の仕事の関
りから屋敷内の一棟で生まれたという。
今は資料館として公開されている。世界
中から贈られたという樹木に囲まれてい
るが、桜の木が丁度開花していた。
        ’19.3.29
    
 
      ヴァヴェル城大聖堂
ポーランドの南のはずれスロバキアとの
国境近くにクラクフという古都がある。第
二次大戦でも爆撃を免れて、旧市街は
中世の面影を伝えている。路面電車も
走り、観光馬車もあるが、歩いて回る方
が小さな町にはふさわしい。中央広場か
ら城まで歩いてスケッチした。
        ’19.3.31
 

      一瞬に挑む私
  ’19みずゑ春季展出品作品
 
       モンテローザ
第28回山好きの山の絵展に出品した作品。
昨年1月にツエルマットへスキーに行った際
に描いたスケッチを元に制作した20号であ
る。ロープウエイの中継点トロックナーシュ
テークから真正面に見えてアルプス第二の
高峰の風格が描けた。  ’19.2.17
 
         両神山
今年の描き初めは秩父の宝登山で実施
された。蠟梅はまだ3分咲きといったとこ
ろだったが、絶好の日和に恵まれて頂上
の陽だまりでゆっくりスケッチができた。
幹事さんお得意の野点もあって、まこと
に楽しい描き初めの一日だった。
              ’19.1.13
 
    竜ヶ岳からの富士
新雪の南アルプスを描く会を企画し
て好天を期待していたら、運よく絶
好の快晴に恵まれ、南アのほぼ全
山をスケッチすることができた。それ
は横長なので山岳スケッチ欄に掲出
することにして、ここには圧倒的な迫
力で迫ってきた富士のスケッチを表
示する。        ’18.12.21
 
   聖ミカエル教会
スペイン・ピレネーの町ヴィエラ
の中心にある。大雪でスキーが
出来なかった日に訪れた。
        ’19.1.23
 
魚沼三山と巻機山
湯沢高原大峰山からの展望である。左
方遠方が魚沼三山、右手が巻機山であ
る。うっすらと新雪が来て晩秋を告げ
ていた。手前の紅葉しているのが飯士
山である。翌日にこの山に登った。飯士
山頂から右に流れる斜面が岩原スキ
ー場である。もう一月余りで積雪があり
営業が始まるだろう      ’18.11.3
 
七つ小屋山
大源太キャニオンの青少年旅行村は
「たき火の村」というらしいが、この村
手前の橋の上から眺めると、大源太
山の右手により標高の高い特異な岩
峰が見える。地図で調べて七つ小屋
山だと知った。なんとなく気になる山
ではある。              
    ’18.11.3
 
大源太山
大源太砂防ダムから眺めた大源太山
である。麓は紅葉に染まって美しかっ
た。ダムが工事中でまったく風情が無
かったが、ダム湖に映る姿と併せて
描けば一段と思いのこもった絵にな
るだろう。時間をおいて、また来てみ
ようか。               
         ’18.11.3
 
只見川第一鉄橋
北国街道三島宿のトンネル際の展望台
から眺めた只見川に架かる鉄橋である。
JR只見線は全くのローカル線で、沿線住
民の利用が減って廃線間近とも感じられ
る風情だが、観光路線としては面白い。
’18.11.20
 
しら井
能登へ無名塾の「肝っ玉お母と子供た
ち」を観に行った折り、七尾市に立ち寄
った。城下町の名残りがあって旧い家並
みが少し見られた。絵になるとスケッチし
た店を今回6号に制作した。 ’18.9.27
 
蓮華岳
スケッチクラブの秋の山行は大町だ
った。鷹狩山から北アルプスを望むと
正面は蓮華岳だったが、あいにく雲が
かかり頂上部が僅かにみえるばかり。
山裾の盆地が美しく絵心をそそった。
山ばかりでなく、一帯の風景を描くの
も良いものだと悟った。 ’18.10.13
 
大王わさび農場
大町の二日目も空模様は今一つで
北アの連嶺は大半が雲の中だった。
久しぶりに訪れた大王わさび農場は
ミシュランガイドにも載ったとかで、外
国人観光客が多かった。ワサビ田を描
くのは中々難しい。周囲の樹々の形
に面白さを見つけるほかはなさそう
だった。          ’18.10.14
 
有明山
山の会の今年の遠征は対馬だった。対馬の
山はいずれも600mに満たない。その一つ有
明山(558m)に登った。山頂はカヤトで展望
が良く海も山も眺めに満足したが、風が強く
て長居は出来なかった。下りに立ち寄った
清水山には城跡があった。その一の丸から
有明山をスケッチした。この城跡は秀吉の
朝鮮出兵に際して肥前名護屋城の出城とし
て築かせたものだとか。尾根に沿って一の丸
から三の丸まで上下に配置された石垣が400
年以上の歳月を経て残っている。
’18.10.27
 
王子さまと私
白鳥の湖のハイライトシーンを描きたいと
思っていた。各種資料を揃えて背景の夜
のシーンから描いていった。夜明けの城
の感じを出すのに手間取った。人物描写
にはCDの「白鳥の湖」を流しつつ描いた。
’18.5.24
 金平糖の精になった私
くるみ割り人形の主人公である。バレエの定番ではあるが、童話だから他愛もないストーリーで、それほど思い入れが生じる訳ではない。軸足の緊張が比較的うまく描けたかなと思っている。   ’8.5.15
 
毛勝三山
欅平から関西電力施設の竪坑エレベーターで200m上の上部軌道に上がり、上部トンネル出口から15分歩いたパノラマ展望台でスケッチした。いつも立山室堂辺りから遠望している毛勝三山が目の前にあるのは誠に新鮮な眺めであった。背後には、天狗から不帰を経て唐松岳までが眺められ、続いてスケッチした。これまた八方尾根辺りから見るのと丁度裏返しの眺めで珍しい趣だった。              ’18.8.3
 
裸婦
久しぶりにデッサン会に出た。今回は
早描きではなく、ワンポーズをじっくり
描く方式だったので、着色も丁寧にで
きた。毎回、反省しきりのデッサン会
ではある。           ’18.9.1

さくらの里から妙義山
もう遅いかと思っていたが、山懐の里には桜が咲いていた。圧倒的な迫力で頭上に迫る妙義山と桜が同じ画面に描けるのはここだけだろう。幸いにも好天に恵まれて、ゆっくりスケッチ出来たのはありがたかった。 
'18.4.13 
 
旭岳温泉から旭岳
旭岳温泉に着き、この晴天を活かさねばとロープウエイ乗場前の駐車場から真正面の旭岳を描いた。
’18.3.29
 旭岳の噴気孔
姿見の池から避難小屋へ登り、間近から噴煙を描いた。前日は山スキーで画面右上の台地まで登ったが、その上はもうスキーの舞台ではなかった。
’18.3.30
 
美瑛岳を望む
旭岳温泉白樺荘の最上階は展望塔になっていて絶好のスケッチ場所だった。十勝の噴煙も良く見えた。
’18.4.1
 
パレルモマッシモ劇場
シチリア島のパレルモマッシモ劇場に行きたいと、菊枝が以前から言っていた。ホントは観劇したいのだが、船旅の寄港地とて、外観と内部見学で我慢するしかなかった。楽団がオペラのリハーサルをやっていた。港から徒歩で往復したのも楽しい街歩きだった。
’18.3.15
 
パルマデマヨルカ
地中海に浮かぶ小島だが、交通の要衝とあって瀟洒な町が港の周辺に広がっていた。大聖堂を見学し、船に戻って港の風景を描いた。背後の丘に建つ要塞がアクセントになった。バスツアーに参加した人の話では、要塞に行ったが内部には入れなかったとのこと。眺めるだけで良かったのだ。
’18.3.13
 
イフ城を望む
マルセーユのノートルダム寺院からイフ城が見えた。「モンテクリスト伯」の舞台になった牢獄のモデルだとか。もとは港を守る要塞だったのが、時代が下って脱獄不可能な孤島の牢として使用されたのだ。いまは観光で行けるが出航に間に合わないと困るので眺めるだけにした。      ’18.3.18
 
サボナの聖堂
港の傍の要塞に上がるとサボナの町が一望できた。小さな町だが劇場も図書館もある素敵な町だった。この日は海岸沿いの道路で何百人も参加の自転車レースが行われていた。            ’18.3.17  
 
モンブラン
今年のツエルマットは異常気象で湿った大雪が降り、登山電車の軌道に大木が倒れたとか滞在中不通だった。クラインマッターホルンに上がってもイタリア側の整備が終わらないからと滑降不可。天気は上々で展望に申し分なかったから周囲をスケッチした。その一点がこのモンブランである。
’18.1.24
 
黒姫山
赤倉での、スケッチクラブのスキー教室に参加して、最新スキー術を教わった。妙高山頂の雲が中々取れず、スケッチが出来ないままで帰路の列車に乗ったが、車窓からようやく晴れた妙高、黒姫、浅間、榛名の山々を描くことが出来た。これはその一枚の黒姫である。              ’18.2.4
 
大山

山陰の足立美術館を観て、出雲大社を回って桝水原に泊まった。明け方、ホテルの窓のカーテンを開いたら、眼前に大山が迫っていた。「春暁の窓に大山迫りくる」としてみたが、ただの説明でつまらない。「春暁や窓に大山溢れたり」と改作。スケッチをしたが、伯耆富士の名の通り、説明が無ければ誰でも富士山を描いたと思うだろう。
’18.2.26
 
姫路城
大修理中に行ったことがあるが、完成後は初めて。ガイドが「屋根まで白くて少々違和感があったが、今は落ち着いた」という。誠に立派な城だ。           ’18.2.25

スカイツリーから
初めてスカイツリーに上りレストランの窓からスケッチした。豊洲、品川、武蔵小杉のビル群よりはるかに遠く桜木町のランドマークが存在を示していた。           ’17.12.11
 

新雪の蔵王樹氷
樹氷の見ごろは2月頃と言われるがクリスマス寒波が幸いして小ぶりの樹氷原が現出していた。樹氷はいろいろな山で見られるが、これほど整った群像を見ると、やはり蔵王ならではと言いたくなる。      ’17.12.21 
 
月山
蔵王山頂から滑って来て、百万人ゲレンデと呼ばれる辺りから描いた。シーズンに一日か二日しかないと地元の人が言った快晴に恵まれて、飯豊、朝日の連峰が輝き、その右手に月山があっ
た。              ’17.12.21
 
葉山と鳥海山
月山の右手には葉山、その先に遠く鳥海山が見えた。更に右手には栗駒山まで。そのすべてに足跡を残しているのも嬉しい。
 ’17.12.21
 
箸墓古墳
山の会で大和三山を巡ったおりに立ち寄った。最古の前方後円墳といわれる3世紀中葉築造の古墳である。墳長280mほどだから、巨大古墳に比べればささやかなものだが、卑弥呼の墓という説もあるそうだから、謎も秘めている。池を抱えた姿が美しく絵心をそそり、大和は国のまほろばという言葉がスケッチする頭を離れなかった。
’17.10.20
 
新雪の立山連峰
能登演劇堂での無名塾公演を観に行ったおりに、氷見の海岸から新雪の連嶺を描いた。毛勝三山から剣岳、別山、雄山、大日、弥陀ヶ原を経て薬師岳まで続く長大な白銀の稜線は見事だった。台風が接近していて空模様が気になる日だったが、幸いにも頭飾り(ティアラ)を着けた静かな能登の海を描くことが出来た。  ’17.10.27

農家と風車
船橋のアンデルセン公園でのスケッチ会に参加した。 デンマーク風の絵になる景色がたくさんあった。’17.11.22
 
鐘の館
やはり、アンデルセン公園でのスケッチである。                 ’17.11.22
 
デナリ  バイヤーズレイク
アラスカ・バイヤーズレイク湖畔からの
デナリである。以前はマッキンレーと呼
ばれていたが、現地名に改称された。
北極圏に近い6190mの峻嶮は容易に
登頂を許さない。入山しても登頂成功
は50%に満たないというから厳しい山
だ。湖にはマス釣りのボートが出てい
て、釣り上げた大物を見せてもらった。
生のままの自然が息づくせかいで過ご
した一週間だった。  ’17.9.8
 
遥かなデナリ
左の絵を描いた湖より20km余り南の
州立公園内にあるホテルの展望所から見たデナリである。雲が湧いて頂上を隠す中でスケッチした。翌々日に国立公園内に入り、この絵の向こう側からデナリに近づいたが、天気が悪く稜線は雲の中で、北側からのデナリの姿を描くことは叶わなかった。狙った山を描くことが出来るかどうかはまさに一期一会である。見えたら描く。とにかく描く。           ’17.9.9
 
ハリマンフィヨルド氷河
アンカレッジから船に乗って氷河が海に落ちる景観を見に行く。10年余前にクルーズ船で氷河を見に行ったが、それはアラスカ南部のケチカン、ジュノー周辺で、10万トンの船からの見物だった。今回は観光ボートだからもっと近くまで氷河に接近して眺められた。氷河が痩せて末端に岩が露出しているのが悲しい。船では海に落ちた」氷を拾い水割りにして売っていた。
      ’17.9.14
 
横たわる裸婦
裸婦デッサンでは、立位、座位、横臥の三態を描く。同じ裸婦なのに、立位から順に難しくなる。なぜだろうか。横臥は、真横から描きやすく、縦方向からはぐんと難しくなる。絵の勉強に、昔から裸婦デッサンが取り入れられているのは、誤魔化しが利かない厳しさからだろう。              ’17.9.2
 
安達太良山
鉄山からの安達太良頂上である。
前日は風雨の中を登頂し、くろがね小
屋に泊まった。翌日は晴れ上がって
峰の辻まで登り返した。ここから鉄山、
箕輪山へ縦走して裏磐梯へ下った。
最盛期前で人は少なく、真紅に開いた
石楠花群落に出会うなど印象深い山行
が出来た。箕輪山からの下りの道は荒
れていたが、舞鶴草の群落に出会えた。
’17.6.9
 
磐梯山
裏磐梯毘沙門沼から見た磐梯山であ
る。大噴火で吹き飛んだ山頂稜線が
ちょうど望めるポイントで描いた。久し
ぶりに歩いた五色沼は水量減や植物
の侵入が進んでいるように思えた。上
高地の大正池や田代池同様に当初の
姿をそのままに保存維持するのは難し
いのだろう。何とか現状でとどめたいもの
だと思う。            ’17.6.9
 
山中湖から富士山
スケッチクラブの富岳百景企画に参加
した。富士五湖でそれぞれに富士を描
く。20人参加すれば百景の富士が生ま
れるという企画者の思惑だったが、参加
者は17名で予定通りには行かなかった。
しかし、計画通りに各湖で30分ずつスケ
ッチして、各自5点は描いた。一か所で
複数点描いた人もいたから、90景くらい
にはなったろう。        ’17.5.20
 
ラ・クンパルシータ
今年の第34回みずゑ展出品作品である。
F60で描いた。春季展に続きタンゴのシ
ーンをテーマにした。一瞬のポーズがうま
く切り取れたかどうか。大都会の燃える夕
焼で踊る二人の情熱を表したかったが。
人間を描くのは難しいが面白い。しばらく続
けたいと思う。            ’17.7.5
 
香港
船旅の仕上げだと帆船に乗ってから3年
菊枝がキュナード汽船に乗りたいという
ので、今度こそホントの仕上げにクイーン
メリー2に乗ることにした。出発が香港だか
ら、ペニンシュラに宿泊した。九龍側から
望む香港島は見事なまでのビルの集積
である。雨空を気にしつつ一枚描いたあ
と、待ちかねたように降ってきた。’17.3.16
 
クイーンメリー2
階級社会の英国の伝統で、キュナード・
ラインは船室によって利用できる食堂が
分かれる。それが嫌で、これまで避けてき
たがこれも経験だと今回は我慢した。我
々のキャビンから海を眺めたスケッチで
ある。ツインのベッドに小さなソファと書
き物机にベランダがついて、ビジネス
ホテルよりゆったりしているが、クイーン
ズ、プリンセスの両グリルは使えない。
   ’17.3.20

キャリック・ア・リード
絶壁の上に掛った吊り橋である。こ
の高みに強風が吹き付けて結構な
スリルを味わう。アイルランド北部の
コーズウエイ・コーストにある。渡って
どこかへ行けるわけではない。先は
行き止まりで戻るしかない。それでも
人気が高く渡り賃を払っても行列がで
きる。お化け屋敷と同じで、お金を出
しても怖さを味わいたいという異国も
同じ人間の心理である。 ’17.4.24
 

ダブリン城
アイルランドのダブリン市内の中心部
にある。昔の絵が展示してあって、四隅
に円筒形の塔を配し、その間を城壁で
結んだ四辺形型の城だったようだ。中
央の門が修復工事中で絵にならないの
で、外に出て隣接の教会と塔の一つを
描いた。この塔は牢獄に使われていた
時期があったようで、ここから脱獄に成
功した人物の、綱を伝う絵入りの解説が
外に展示してあった。このあと、トリニテイ
カレッジの学食で軽い昼食を摂った。
’17.4.27
 
アイガー三山
今年の海外スキーはグリンデルワルト
だった。映画「女王陛下の007」の舞台
になったシルトホルン頂上の展望レスト
ランはアイガー、メンヒ、ユングフラウ三
山を描く絶好ポイントだった。左端はや
や遠いベッターホルンである。’17.1.25
 
アイガー北壁
クライネシャイデックからは眼前に
アイガー北壁がそそり立つのが望め
る。小さな画面に北壁だけ描いても
その大きさは表せない。稜線が連な
るメンヒと東山稜に続くベッターホル
ンを一緒に描いてみた。いずれにせ
よこのスケールの大きさは手に負えな
い。描く筆の後から凍てて行く環境で
のスケッチだったが、好天が続いて陽
を浴びながらのスケッチは快適だっ
た。              '17.1.23
 
七ケ岳
高杖の芝浦工大セミナーハウスを拠
点にした南会津スキーも恒例になった。
今年は降雪が続いて、雪質は上々でスキ
ーは申し分なかったが、スケッチはさっぱ
りだった。展望抜群の高畑スキー場でもヒ
ュッテの写真で展望を確認する始末。結
局、帰路に立ち寄り積雪の中を登った鴫山城址からの七ケ岳がただ一枚のスケッチになった。           '17.2.14
 
夜のタンゴ
2017みずゑ春季展出品
40F      ’17.3.7
  
走水神社

毎年恒例の初詣。息子夫婦と一緒に
行く。観音崎にあって、乙橘姫を象っ
た舵もある水路安全の神さま。鎌倉と
違って空いているのがいい。地元民が
中心だが、少しずつ参拝の列が長くな
っている。            ’17.1.1
  
瀬上池

横浜・瀬上市民の森にある。周囲は
すっかり開発されて広大な住宅地に
なっているが、円海山のある氷取沢
市民の森、釜利谷市民の森、能見台
緑地と結び緑の回廊が出来ている。
わが家から徒歩圏にあるから、鎌倉
越えと同様に、私のウオーキングコー
スである。初詣の翌日、息子夫婦と訪
れた。鴨が来ていたのでスケッチし
た。              ’17.1.2
  
八ヶ岳

韮崎のわに塚の桜の大木の下から
八ヶ岳を望んだ。編笠、権現、赤岳、
硫黄まで八ケ嶺主稜線が一望だが
雪を鎧った赤岳がひと際見事なのを
スケッチした。スケッチクラブの描き初
め会で、平和観音からの鳳凰三山、
甲斐駒も描き、そのあと大村美術館
に回った。美術館2階からの甲斐盆地
一望も見事だった。     ’17.1.7
  
ブライトホルン

昨年のツエルマットスキーのおりトロ
ックナーステッグから見たブライトホ
ルンを20号に制作した。今年2月の
山好きの山の絵展に出品する作品
である。           ’17.1.20
  
        経ヶ岳

山の会の例会で、荒島岳に登った。
快晴の頂上からは白山が望めた。御
嶽山や乗鞍も一望できたが、越前の
山としては経ヶ岳が描きたかった。そ
の望みは翌日叶い、大野城最上部
から描いた。麓に六呂師スキー場が
広がっているのが懐かしかった。京
都からスキーに来たのはも60年以上
前のことだ。   ’16.10.16
  
      越前大野城

亀山の山上にあり、大野市街に霧が
立ち込めると雲海に浮かぶ「天空の
城」になる。鉄筋コンクリートで復元
された昭和の城だが、16世紀に築
かれた平山城の面影は野面積みの
石垣に残り、五万石の大名の居城と
しての威容をとどめている。城下町の
雰囲気を残す七間通りで朝市が開か
れていて、土産にイモきんつばを買
った。      ’16.10.16
  
       ラフランス

描きかけたままで一年近く放ってあっ
た静物画を、何とか仕上げた。久世
愛先生のお宅に通って静物画を描く
のが15年ほど続く月二回の慣わしだ
ったが、95歳で急逝されてそのままに
なっていた。「あなたはまだ若いんだ
から・・」といつも励まされた声はもう
聞けない。      ’16.10.30
  
      裸婦2016

いつも自信のない気分で参加する
裸婦クロッキー。今回は3点描いた。
        ’16.9.24
  
       大船鉾龍頭

三年前に150年ぶりに復興した大船鉾
は、今年7月24日の巡行で新調の龍頭
を舳先に掲げた。これまでは江戸期よ
り伝わる大金幣を掲げていたが、かつ
ては金幣と龍頭を隔年ごとに入れ替え
ていたという古式に則っての変更であ
る。まだ白木のままで復興途上の姿で
ある。             ‘16.7.24
  
      槍の北尾根

高2の孫と北アを歩いた。蝶が岳か
ら常念岳を越えて燕山荘経由で中
房温泉へ。蝶の登り、中房への下
山は標準時間でこなしたが、中間の
縦走には時間を要し、巡航速度が
遅くなっていることを痛感させられ
た。快晴に恵まれてスケッチも出来
た。これはその一枚。燕岳に向か
う途中で描いた。     ‘16.8.13
  
      美ヶ原を望む

息子夫婦に誘われて白樺湖へ行った。
宿舎のアルペンドルフ白樺の部屋から
帰る日の朝ガスが晴れて美ヶ原が見え
た。今は車で行ける山になってしまっ
たが、山本小屋に泊まって登頂し、喜
びに浸った日のことを思い出しながら、
王ケ頭からの稜線を描いた。‘16.8.17
  
法隆寺夢殿

これまで法隆寺に行ったことが無
いのが気になっていた。機会を得て
五重塔、金堂、百済観音堂、夢殿
などをつぶさに観ることができた。
中宮寺の如意輪観世音にも会えた。
素晴らしい半日だった。 ‘16.9.12
 
室堂乗越と剣岳

5月の立山は、例年より積雪が少な
いといっても、まだまだ雪の世界で
雷鳥も冬姿のままである。立山高原
ホテルの剣の間からは、居ながらに
して剣を描くことが出来る。快適な環
境でゆっくりスケッチした。そのあとで
スキーを履いて、室堂から浄土山に
登り、天狗岳中腹を経て、高原ホテル
まで滑ってきた。充実の一日であっ
た。            '16.5.8   
  
浅間から高峰山

東御市の梅野絵画館へ行った。菊
枝友人の経営になる銀座・兜屋画
廊からチケットを貰ったからである。
ここでは絵の話は省略する。この絵
画館の前から見る山々が素晴らし
かった。浅間山から湯の丸・烏帽子
までが一望だった。スケッチブック見
開きで2点に描いたが、ここには浅間
から三方が峰の半分を示す。
’16.5.22
  
志賀高原一沼

アルパインスケッチクラブ25期幹事
団の任期明けを祝って、一泊の打ち
上げ会をした。飯山市の鰻屋本多で
うな重を食べ、野沢温泉スキー場を
経て湯田中に下り、渋温泉天川屋に
宿泊。翌日志賀高原から草津温泉に
下った。これは、その途中の一沼のス
ケッチである。睡蓮の咲く静かな沼だ
った。              ’16.6.9
  
大船鉾辻回し待機

2016みずゑ展出品
’16.6.3
 
血の上の救世主教会

サンクトペテルブルクでもっとも有名な
教会の一つ。皇帝アレクサンドル2世
が暗殺された現場跡に建てられたの
でこう呼ばれている。ネギ坊主の塔が
カラフルで目を引くが、内部も全て華
麗なモザイクで彩られている。傍に寄
ると巨大すぎて画面に収まらないので
町並みと一緒に遠景で描いてみた。
正式名称はスパースナクラヴィー大聖
堂。              ’16.4.19
 
  
カザン大聖堂

サンクトペテルブルクではグランドホ
テル・ヨーロッパに5泊した。1875年
創業という老舗で雰囲気が良かった。
そのすぐ近くにある教会で、1812年
ナポレオンと戦った将軍が埋葬されて
いる。ソ連時代は反宗教博物館だった
というが、今は一般の教会として礼拝が
行われている。ネフスキー大通を隔て
て描いた。          ’16.4.20
  
ライオン橋

自由行動日に「罪と罰」の舞台になった
街を歩き回った。誰が決めたのかラスコ
ーリニコフの住んでいたアパート、ソーニ
ャの住い、金貸し老婆の住い等々が、い
ま存在するのが面白い。その夜バレエを
観たマリインスキー劇場を訪ねる途中で
ライオン橋を渡った。人道の吊り橋であ
る。ドストエフスキーやチャイコフスキーの
墓も訪れた。           ’16.4.21
  
聖ワシリー寺院

赤の広場から見た風景である。右の塔は
クレムリンの城壁に聳える塔の一つスパス
カヤ塔である。ワシリー寺院もネギ坊主を
戴いたカラフルな建物だが、これは17世紀
の彩色で、もとはイワン雷帝がカザン・ハン
国への戦勝を記念して16世紀に建てたも
のだという。このあとグム百貨店に立ち寄
って小さなマトリョーシカを一つ買った。
’16.4.25
 
満観峰から富士

静岡近郊の低山だが、名前の通りに頂
上からの眺望は抜群で、海と山が一度
に眺められる。快晴に恵まれて富士もく
っきり姿を見せ、一刷毛の雲が風情をか
もし出していた。この日は山の会の納会
だったので、このあと静岡の洋風居酒屋
でワインの盃を上げ、良き仲間の山行が
来年も続くことを願った。   ’15.12.26 
  
マッターホルン2016

先立つ2年シーズンはイタリア側で
滑ったので今年はスイスに戻った。
ツエルマットのコンドミニアムに滞在
して1週間滑りまくった。チェルビニ
ア側にも連日遠征した。ここの舞台
装置は世界一だと改めて思う。暖冬
で例年より雪が少なかったが、満足、
満腹、充実で言うことなしのスキー
行だった。         ’16.1.29
  
燧ケ岳と会津駒

南会津高杖スキー場の最上部高倉山
からは、会津から越後に連なる山波が目地の果てまで眺められる。かつて登った尾根、滑り下りた斜面や谷がくっきりと照らし出されていて、飽かず眺めいった。背後には、七が岳の後ろに那須連山、右へ高原山、男体山から日光白根へ山々が連なる。素敵な春のスキーだった。      ’16.2.12
  
交響

2016みずゑ春季展出品。F40
 
   不帰の嶮 

2015年はアルパインスケッチクラブ創
立25周年というので、記念山行が行わ
れた。その一環で、秋のスケッチ山行
は八方尾根に行った。八方池山荘に
2泊して周囲の山を描いた。これは八
方池から見た不帰の嶮である。左端の
ピークが唐松岳で、右方の雪渓はこの
夜の嵐で新雪に覆われることになる。
      ’15.10.24
  
   新雪の白馬三山

左の不帰を描いた夜、夜半から風が吹き
荒れた。深夜に地震かと目覚めると小屋
が風に震えているのだった。これが稜線で
は猛吹雪だったのだろう。翌朝快晴に恵まれて小屋の外に出てみると、一夜で冬山に変貌した白馬三山の姿があった。最後の紅葉と白銀の山々に出会えた幸せを思った。            ’15.10.25
  
    晩秋の恵庭岳

マイカーで北海道を走りたいという菊枝の希望で、新潟からフェリーに乗り
小樽へ。余市、夕張、新冠と巡って
支笏湖へ出た。夕張の紅葉山も見事だったが、周囲に紅葉の樹林を回らせた恵庭岳も中々立派だった。この山の頂に立ったのはもう30年も前のことだ。懐かしい思い出である。
   ’15.10.18
  
      四姑娘山を描く

「山好きの山の絵展」に出品する作品であ
る。四人姉妹の末娘が6000mを超える氷雪の峰で、われわれが登った長女の大姑娘山が5000m峰である。全山を描くと山が小さくなるので、四女を主題に描いた。奥は支稜で手前が三女である。     
    ’15.12.10
  
セントラルパーク

マンハッタンのロックフェラーセンター・トップオブザロックから見下ろしたセントラルパークである。世界一の大都会の真ん中にこれほど巨大な公園があること自体が驚異である。高みから見下ろせば平坦に見えるが、中に踏み込めば山あり谷ありの構造になっているのも興味深い。ちいさい城まで秘めているのも面白い。         ’15.8.29
  
北八ヶ岳・大岳

高一になった孫と一緒に双子池ヒュッテに泊まり、翌朝窓から描いた。大岳から双子池への下りは相当な悪路だった。岩に付けられたペンキ印を辿るのだが、先の目印までのルートが読めない。道標に「難路」の表示があったが、これまでの長い山歴に照らしても一般登山路でこれほどひどい例は記憶にない。まだ経験不足を痛感した。    ’15.8.11
  
裸婦

久しぶりの裸婦デッサンに参加した
ら、手が動き始めるまでに時間がか
かった。楽器と同じで頭で考えて描
く前に手が動かないとだめなのだと
分かった。毎日描かねばならないと
いうことだが、それはまあ、言うは易
く行うは難しそのものだ。

’15.9.27
  
G線上のアリア
画面からメロデイーが聞こえるような絵が
描きたいと思った。楽器と演奏者が一体と
なって醸し出す雰囲気が描けたかどうか。
’15.9.30
  
燧ケ岳

アルパインスケッチクラブ春のスケッ
チ山行で高杖セミナーハウスで合宿
した際、七入から望む燧ケ岳を描い
た。あの頂上から2度滑降した。画面
左上の黒い部分が滑り出しで、下部
の見えない急斜面を左へ回転して緩
斜面に滑り込む。2度目ももう3年前
だ。3度目はあるだろうか。’15.6.11
  
会津駒が岳

七入りからセミナーハウスへ戻る途中の
峠で樹林の切れ目から会津駒が望め
た。残雪の付き具合が何とも素敵で描き
たくなった。この頂上からも2度滑降した。
最初は頂上から左へ伸びる稜線を大津
岐峠へ滑り、キリンテへ出た。最後は藪
漕ぎになって苦労した。2度目は頂上か
ら右への尾根を滑り大戸沢へ下った。時
間切れで暗くなり苦労した。思い出深い
山である。          ’15.6.11  
  
四姑娘山

スークーニャンと読む。中国.四川省
の山である。4つのピークを4姉妹とみ
て、4番目の妹が最高峰6250m、順に
低くなって、長姉が大姑娘山タークー
ニャン5025m。スケッチクラブ25周年
記念海外遠征で、青い罌粟ブルー
ポピーを探索し、あわよくば登頂を
企図して出掛けた。アタック当日は
降雪で登頂はならなかったが、花は
描けた。           ’15.7.6
  
新雪の大姑娘山

4日前の入山日には雪のなかった3
姉妹が下山日には前日の降雪で雪
化粧していた。右端の大姑娘山の円
頂も白い。あの直下まで登ってきたの
だ。全山お花畑のような美しい山に
あって、その環境を離れ、青い罌粟
ブルーポピーは何故4200mを超えた
厳しい環境でのみ生きるのか。不思
議なことではある。     ’15.7.10
  
陣馬山・相模湖

石老山に登る途中の展望台から望ん
だ景観。相模湖の向こう岸を中央道
が走っている。画面にはないが山には
まだ山桜が咲いていて、のどかな里山
の雰囲気をたっぷり味わうことが出来
た。              ’15.4.16
  
至仏山

5月連休の尾瀬には春スキーで何度も
訪れた。燧ケ岳の頂上からは2度大滑
走した。至仏山には今回で3度目。1度
目は一日違いで入山禁止、2度目は吹
雪。今回こそとの願いを込めて、アヤメ
平の手前から描いた。画面右手の尾根
と奥の尾根の間にあるムジナ沢を滑る
予定だ。             ’15.5.3
  
会津駒が岳と燧ケ岳

天気予報は今一つだったが、実際は
好天に恵まれて、予定通りの時刻に至
仏山山頂に着いた。滑降の前にスケッ
チした。手前に尾瀬ヶ原、その向こうに
燧ケ岳。あの頂上から至仏山を描いた
が、今日は至仏から燧が描ける幸せ。
燧から左手へ会津駒が連なる。その手
前に景鶴山など。山頂の周囲全て360
度の雪の山波である。さて、山の鼻まで
の大滑降は一部で雪が切れて藪漕ぎ
を強いられたが3度目の正直で大成功。
’15.5.4
  
「モルダウ」佳境に入る

2015年、第30回みずゑ展出品の作品(60
号)である。チェコのブルノ交響楽団をモ
デルに描いた。チェコの人々にとって国歌
にも比すべきスメタナの名曲演奏を感じ取
れるか。チェコで眺めたモルダウの流れを
思いつつ描き進めた。私にとって一つの到
達点である。             ’15.4.7
                                                                                      ’15.5.20更新
  
金門橋

1976年秋の米国出張以来40
年ぶりのサンフランシスコ。かね
てからの約束通りに菊枝を連れ
てきた。何はともあれ、ケーブル
カーとバスを乗り継いで定番の
ゴールデンゲートブリッジを見に
きた。          ’15.3.12
  
ピア39

フィッシャーマンズワーフは
随分変わり、屋台や露店は建
物に収容されて小奇麗な観光
地になっていた。櫛の歯のよう
に並ぶ桟橋のうちピカ1のピア
39から街を描いた。隣の桟橋か
らクルーズ船で金門橋やアルカ
トラズ島など港内を周遊した。
        ’15.3.12
  
シンフォニーホール

サンフランシスコは音楽でも
聴きどころ見どころは多いが
この時期オペラは端境期、バ
レエも休演期間で、滞在中唯
一公演のあったSF交響楽団の
ファミリーコンサートを聴きに
行った。グランドピアノを象った
ホールは立派で美しかった。
        ’15.3.13
  
ラ・ブーランジェ

サンフランシスコには個性のあ
るタウンが多いが、そのひとつ
フィルモアストリートの中程にあ
る喫茶店。オーガニック素材を
用いたキッシュパイが美味しか
った。ハイソな住宅地に近く、
お洒落な人たちがテラスでブラ
ンチを楽しんでいた。’15.3.14
                                                                 ’15.3.28更新
 
蔵王の樹氷

樹氷には早いと言われつつも決行した蔵王スキーだったが、豊富な積雪に恵まれて既にゲレンデには立派な樹氷が育っていた。吹雪とホワイトアウトに悩まされつつも、今季の初滑りを思う存分楽しむことが出来た。        ’14.12.27 
  
陣馬山からの富士

アルパインスケッチクラブ恒例の新年描き初め会は今年は陣馬山で開催された。快晴に恵まれて眼前の富士を見開きに描いた。餅つきもして,搗き立てを黄粉やあんこで食べ,清酒やワインで乾杯の後,
鳥鍋を楽しんだ。
  ’15.1.18
  
カテナッチョ山群

毎年1月にはスケッチクラブの仲間たちと海外スキーに出掛けている。今年はイタリアのドロミテ地方に行った。有名地のコルチナは避けて、鄙びたポッツア.ディ.ファッサに滞在して、周囲のスキー場を滑りまくった。カテナッチョは宿に最も近い名山である。  ’15.1.26
  
ラテマール山

ドロミテの中心部にあるセラ山群を6時間余かけてスキーで一周する「セラロンダ」にも成功し、晴天続きでスケッチも捗った。ラテマール山を滑った日は曇天だったが、一瞬の晴れ間を捉えてスケッチすることが出来た。地獄の針の山とはここのことかと思える針峰の集合体である。       ’15.1.28
                                                          ’15.2.13更新
  
久住山頂

牧ノ戸峠から入山すると、久住山頂は
なかなか望めない。前山の星生山を巻
いて進むと漸く前方に見え始める。避
難小屋のある鞍部からは一気に登れ
る。これは、小屋の前からのスケッチで
ある。   ’14.10.19
  
忍野からの富士

観光客でいっぱいの忍野八海だ
が、流れに沿って西南へ進と静か
な環境が広がる。ススキと寒林を前
景にして半ばまで雪に覆われた富
士を描いた。富士は、山だけでは
絵にしにくい。周囲の景観の中では
見事に収まる。    ’14.11.16
  
コルシカ島の山並み

第24回山好きの山の絵展に出品するため
に、帆船クルーズ時のスケッチをもとに20号
で制作した。小さな島に3000m級の山並み
が連なる景観の面白さを描きたかったが、
海と山を一緒に描くのはとても難しいと思い
知らされた。
           ’14.12.5
  
裸婦 141101

爽蒼美術協会の勉強会での裸婦デッサ
ンである。こういう角度から描くのは初めて
の経験だった。人体を遠近法で描くのは
なかなか難しいものだ。モデルさんはさ
すがにプロで、こういう姿勢で静止して
いる。
’14.11.22
 
ニース港
リヴィエラの城址公園の上からニース港を
望み、強風の中でスケッチした。翌日、右
方の岬の向うにあるロスチャイルド邸を見
に行った。            ’14.9.18
  
サンポール・ヴィレッジ
リヴィエラ海岸からバスで約1時間。鷲巣
村の名の通りに岩山の上に作られ、城壁
に囲まれた中世そのままの村だ。ローマ
帝国衰退後、海賊が地中海を荒らしまわ
った頃の名残りの村である。  ’14.9.19
  
帆船クルーズ
カンヌからスターフライアー号に乗船し
た。2300トン4本マストの帆船だ。70人の
乗組員に120人の乗客で大小16枚の帆
で走る。アンテイークな内装の船内で、5
日間のクルーズを楽しんだ。菊枝は25m
のマスト登りにも参加した。   ’14.9.22
  
ポルトフィーノの教会
モナコ、コルシカ島を廻ってイタリアの
ラッパロに着いた。ボートで30分、小さな
港町ポルトフィーノを訪ねた。まさに絵の
ように美しい町。城から眺める教会は窓
を額縁にした絵画だった。  ’14.9.23
  
宵宮
2014年から京都祇園祭に後祭りが復活した。八坂神社から3基の神輿が御旅所に来る神幸祭の7月17日が先祭り。神輿が帰る還幸祭の24日が後祭りで、150年ぶり復活の大船鉾の宵宮は23日だった。  ’14.7.23      
  
大金幣
禁門の変で焼失した凱旋船鉾のうちで災難を逃れた遺品の一つが舳先を飾る大金幣である。今年、大船鉾として復興した舳先に、舷側を飾る水引と共に古色が映え、平成新造鉾を貫録十分に仕立て上げた。
’14.7.23
  
巡行
後祭りの山鉾巡行は新町通りを北上した。旧い家並みを行くと鉾の大きさが一段と映え、煌びやかな色彩が古都を彩った。私も裃姿でお供衆に加わった。14.7.24
  
辻回し
前の車輪の上に日の丸の扇を持った人物が二人見える。これは音頭取りで、これから鉾を90度回転させるところである。巨大な鉾が揺らぎながら回転する様は見もので、巡行の華である。それを祇園囃子が一層盛り上げる。大梶も旧鉾の遺品である。   ’14.7.24
                                                          2014.9.1更新
  
至仏山
燧ケ岳頂上からの至仏山。手前
が尾瀬ヶ原である。2013年秋、
我々と息子たちの夫婦二組で
至仏山に登り、家内が難渋した
ことを思い出した。燧頂上は5年
ぶりだったが、予定より大幅に時
間を要してトレーニング不足を反
省した。        2014.5.3
  
鳥海山
月山近辺の湯殿山北側にある
品倉山からの遠望である。およ
そ60km離れているが、なかな
か素敵な眺めであった。この眺
めを肴に乾杯しようとしたら、仲
間がワインの瓶をザックに入れ
忘れていた。   2014.4.20 
  
荒海山
南会津の名山である。私にと
っては未踏の山である。大嵐
、袴腰、長須ケ玉、孫兵衛な
どという誰も登らない付近の
山にたくさん登ったのに、この
山には縁がなかった。アプロ
ーチが不便な山だが、登るチ
ャンスはあるだろうか。
2014.5.4
  
水芭蕉
奥会津昭和村で一日だけ
開かれる水芭蕉祭りに参
加できた。テント群に出店
があり、アユの串焼きを食
べた。ここの水芭蕉は野生
そのままの素朴な花だった。
2014.5.4
                                                                                      2014.8.1更新
  
木鶏
例によって構図を決めずに描
き出し、少しずつパーツを増
やして行った。室内作品の習
作である。
  
聖母教会
英空軍の爆撃で壊滅したドレ
スデンの復興を象徴するモニ
ュメントである。残骸石材を拾
い集めて組み上げたという執
念の集積である。塔の最上部
まで登って町を眺めた。旧の
ままに町を再建するという西
欧流にただ感じ入った。
        2014.3.9
  
マルクト広場
ドイツ・アイゼナッハはバッハ
の生地で、住いの跡に博物館
バッハハウスがある。すぐ近く
の広場はゆっくり寛いでスケッ
チができる場所だった。
        2014.3.7
 
旧見本市館
チューリッヒの町を散歩して
見つけた古い建物。昔の見
本市が開かれたという。入り
口上部両側に象の頭部の飾
り物が付いていた。近くのレ
ストランに鴎外の肖像画が
あった。 2014.3.11

                                                                                       2014.7.1更新